Re-vival from Kochi.

北海道出身の筆者が、祖父のルーツを求めて高知県に戻りました。ブログを書くことを通じて、もう一度生き直します。

「まだ高知で消耗してるの?」という外野のお方へ。「いつまで自己満足に浸っているの?」


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この記事を終えたら、残り二回となります。

どうぞお付き合いください。

 

※前回はこちら。

www.shingokataoka.com

 

 

批評家は活動家の対岸を歩いている。

 

私が敬愛する、栗山英樹監督は過去の著作「伝える。」

にて脚本家・倉本聰氏と面会する機会があったことを記しています。

伝える。

伝える。

 

 

その機会で、栗山監督は倉本氏から「批評家は必ず対岸を歩いている」というアドバイスを頂いておりました。

 

「批評家は、当事者のフリをしているけども、実際はなんにも関わりもしないただの第三者」ということですね。

 

結局、批評家は「はけ口を探している人々」でしかないんですよ。

で、実際に手を出すことはしない。

 

例えば、

お前を殺してでも、俺がこの手で止めてやる!だから留まってくれ!」

なんてドラマのヒーローみたいな人は見たことがありません。

 

そう思えるようになってからは、

あぁみんな、責任を負う気は無く批判しなきゃ…と思っているだけなんだなぁとこの一年で思えるようになりました。

 

だから、よほど反社会的・反倫理的でない限り「これをやらねばならぬ!」と思うのなら存分にやっていいと僕は思うわけです。

 

だいぶ僕もやりたいことが増えてきましたよ!お酒の紹介もしたい。学生さんの活動の場をサポートしたい。もっとブログを拡大したい。外部ライターの仕事を増やしたい。いい写真を…。ちょっと欲張りになりましたね。

 

ですから、強い理念や思い入れがあるなら、新しい環境に飛び込むのもアリです。

僕よりはるかにすごい人はいますから、高知に縁を辿っていくのもいいですね!

 

 

「いつまで自己満足に浸っているの?」

改めて、批評家の人生のままでは、いつまでも外野でしかないんです。

どんな価値のある成果物を挙げられるか、作品を残せるかは誰にもわかりません。

 

ですが、生まれてきた限りは、この世界に一つ二つはプラスになるモノを積み上げたいものです。

 

議論と同じで、マイナスを作る意味はなく、この社会にプラスを積み重ねましょう。

それが、なお自分の思いの乗るものであればなお良いですね。

 

ひとりの主体として、活動家として、動き出し始めましょう。

 

 

第5回まで更新しました。



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