片岡、100年越しの故郷へ。

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【回顧録】巨人へ移る陽岱鋼へ。「ありがとう、9/21の守備は一生忘れない」


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【追記・加筆 2017 4.22 "The catch"を加筆しました】

 

興奮・感情をそのままに書きなぐっているので、

乱文は、ご勘弁いただきたい。

この年のファイターズを振り返るならば、彼のことは書かねば締めくくることができないからだ。

陽 岱鋼(よう だいかん)選手のことである。

 

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2016年12月14日、陽岱鋼選手は読売ジャイアンツへの移籍が決定した。

 

 日本ハムからフリーエージェント(FA)宣言した陽岱鋼外野手(29)が、巨人入団に合意したことが14日、明らかになった。

 背番号は「2」。今後さらに細部を詰めたうえで、正式に契約を結ぶ。巨人は打線の上位を打てる中堅手の獲得を目指し、複数年契約を提示していた。

屈指の中堅手、FA陽岱鋼が巨人へ…背番号は2 (読売新聞) - Yahoo!ニュース

 

ファンからすると「名残惜しいけども、まぁしょうがないか…」という感想だ。

予算の都合や、若手を見出す風土のもとでは割り切るしかない。

 

残ってほしい。なんで彼が…いろんな思いもあるだろう。

いろんな記憶に思いを馳せながら、陽選手のこれまでを振り返ってみたい。

 

 

 

思えばその芽が花開くまでには、長く、長い時間を待った。

2005年11月、日本ハムに指名され入団した。

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若かりし頃の陽。当時の登録名は本名の"陽 仲壽(ちょんそ)"だった。

 

本職だった内野手でスタートしたもののグラブからボールはこぼれ、送球は頭を越してしまう。なかなか高い身体能力は一軍の世界では通用しない時期が続いた。

やはり「日の目を見ることなく終わるのだろうか…」と心配した。

 

2009年から外野手に挑戦し、その年に本名の仲壽(ちょんそ)から岱鋼(だいかん)へと名前を変え、転機が訪れる。

世代交代の波に乗り、あれよあれよと右翼手のレギュラーをつかんだのが彼だった。

 

彼の佇まいは「これからはパリーグです!」と高らかに声を上げた、

新庄剛志を彷彿させるような、雰囲気があった。

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"猛々しい虎"の意を持つ名前を得た彼の生きる場所は、新庄が目に焼き付けた場所と同じ中堅(センター)にあったのだ。

 

それからの活躍は目覚ましいものだった。

守れば3年連続のゴールデングラブ賞

"日本一のセンター"に輝き、「絶対の安心感」と「高揚感」をもたらした。

 

走れば47盗塁で日本ハム球団史で初めての盗塁王

「走る日本ハム」というカラーを彩ったのは彼だった。

 

打てば25本のホームランをかっ飛ばす。

もはや格好いいという言葉では言い表せない。待望のスーパーマンが誕生した。

 

いつしか、"台湾の英雄" やら"トリプルスリーに近い男"*1と呼ばれるようになった。

本当に嬉しい気持ちになった。

 

 

しかし、神は順風万帆な人生を与えてはくれない。

レーザビームと謳われた肩は、怪我で思うように動かせてはくれない。

スライディング直後に左手が折れた2015年春。復帰しても三振が続き、凡打を叩く。

「これがトリプルスリーに近い男と呼ばれた選手なのか…?」夢は脆くも崩れ去った。

 

神はなぜ、台湾の星の下に生まれたこの選手に、苦難を与えるのだろうか。

 

苦しみの中に、光は射す。

今年2016年のシーズンは、復活を賭けた年であった。

途中まで3割を記録する打撃好調さ。

日によって変わる一番、三番、四番、六番…いずれの打順もぴったりアジャストするように打ち続けた。

「2014年の勢いはないけど、今年はまた、彼の年がきたぞ…!」

 

しかし、またもや怪我が岱鋼を襲う。8月16日のオリックス16回戦(札幌ドーム)。フェンスに衝突しながらもナイスプレー、しかし右肘と右胸部を痛めて途中交代。

右肋骨に亀裂が走る怪我だった。打撃は下降線をたどり、投げるたびに痛みが残る。

後輩たちの活躍に影を潜め、勢いが消えそうな時もあった。

耐え忍びながらプレーする姿に、痛ましさを覚えながら見ていたことを思い出す。

 

身体が万全ではない陽岱鋼は、途中出場の機会も増えてきた。

彼の守備は、ファンに「絶対の安心感」と「高揚感」をもたらす。

陽岱鋼がセンターに着いた!これで安心して試合を見守れるぞ!」

 

しかし、今年は途中出場で陽を見ることが増えた。

確かに、彼が守備に就くだけで安心感・信頼感は一気に上昇する。しかし、

センター・陽岱鋼という"確たる地位"はもうないのだという

悲哀を感じざるを得なかった。彼の日本ハムでの栄華はすでに過去のものになった。

 

不動のセンターから、"中堅手一番手"へ成り下がってしまった瞬間、世代交代の波が一気に押し寄せる。

別れの季節が、顔を覗かせた瞬間だった_。

 

しかし、日本一のセンターという称号を得た彼に、神はチャンスを与える。

 

 

The Catch (ザ・キャッチ)

2016年 9月21日、福岡ソフトバンク戦。陽が高校時代を過ごした、福岡での天王山。

日本ハムは4年ぶりの、ソフトバンクは3年連続の優勝が掛かっていた。

ゲーム差なし、この試合を取った方が優勝に一気に近づく大一番。

神は最後の審判を、9/21に託した。

 

2-1で日本ハムがリードする7回、陽がセンターの守備に就く。

ウチはなんとしてでも逃げ切らなければならない。負ければ優勝は空の彼方へ消え去ってしまう。必勝体制に入った。

 

_繰り返すが、陽岱鋼の守備は「絶対の安心感」と「高揚感」をもたらす_。

 

(参照:http://tv.pacificleague.jp/vod/pc/topics/sns/16444 )

これぞ「英雄」!! ファイターズ・陽 チームを救う2つのナイスキャッチ!! | プロ野球速報・ライブ中継 パ・リーグTVーより

 

いきなり、先頭打者の大きな打球がセンターに飛ぶ。

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ヒビが治ったばかりの右肋骨が気になるも、挨拶代わりの好守備を見せる。

「心配ない、彼の元にボールが飛べば必ず取ってくれる_」

陽のもたらす安心感は、試合に均衡をもたらし、2-1のまま9回を迎えた。

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迎えた9回、二番手バースはヒットと死球で出鼻をくじかれ、犠打で1アウト2・3塁とする。

ここで交代し、守護神・谷元圭介がマウンドへ。

ピンチこそ彼の舞台だ。167cmの小柄が踊り、功打者福田を三振に斬る。

2死2・3塁。迎えるは江川智晃。外野の頭を越すだけの腕力を持ち合わせる打者だ。

決して油断はできない。

 

 

改めて、ここで場面を整理しよう。

9回裏 日本ハム 2-1 ソフトバンク(裏)

2アウト 2塁・3塁

外野の頭を超えればソフトバンクの勝利、抑えれば日本ハムの勝利。非常にシンプル明瞭、わかりやすい展開だ。

 

1ボール1ストライクとし、投じるボールを決める。

失投は許されない。

 

谷元圭介大野奨太のバッテリーは1球ごとに、最も自信のあるボールを選ぶ。

1球ごとに最良の選択をする。その選択はカウントごとに切り替わる。

 

意を決し、谷元が9球目を投じる。外角へのカットボールだ。

この時バッテリーは、剛の江川を引っ掛けさせて、悔しさを植え付けるべくボールを選択した。

 

 

予想に反し、江川がそのボールを捉えた。外野への大飛球だ!

 

 

__打ったボールは上がりすぎかいや、外野は前進守備だ!

緑の人工芝に落ちればソフトバンクの勝利だ!

ソフトバンク側の期待感が一気に高まる。ファンは立ち上がり、ベンチの選手たちはグランドへ身体を乗り出す。これは勝ったか_!?

 

 

しかし、陽岱鋼は追いかける_!

彼の顔が左向きから右向きへと変わった!

背走しながら、陽は一気に落下地点へと駆けてゆく!!

もしかして、追いつくのか_?!

 

 

打球はまだ落ちてこないぞ。

「これは、本当に捕ってしまうのでは…?」「いや、取ってくれ!岱鋼!」_

_わずか0.1秒その一瞬、日本ハムサイドの希望感が波寄せる。

ファンは一心に陽に視線を集め、選手たちもまたグラウンドへ身体を乗り出した。

 

 

陽の眼は、打球を捉えた_。

落下地点はフェンスの眼前だ。陽が捕り、フェンスにぶつかり足が止まる。

 

youtu.be

瞬間、陽のグラブが挙がった。

 

 

 

         「捕った。捕ったぞ!!!」

 

陽の手に、勝利が舞い降りた瞬間だった。

 

 

※その姿は、1954年にアメリカのウィリー・メイズが見せたプレー、

"ザ・キャッチ(The Catch)"そのままだった。参照動画と共に、陽のファインプレーを観てほしい。

【参照】1954年のワールドシリーズ - Wikipedia

 

youtu.be

 

 

 

 

2016年、優勝を置き土産に日本ハムを"卒業"する陽岱鋼へ。

翌日の試合も日本ハムが勝利し、天王山を制した日本ハムは4年ぶりの優勝を、そして日本一へと駆け上がっていった。

 

仮にソフトバンクが優勝していたならば、このプレーはすでに忘れ去られていたであろう。

それだけに、陽が日本ハムで見せた最後の輝きはこれからも語られ続ける。

 

そう、ある人の脳裏にはこの瞬間が"The Catch"として、残り続けるであろう。

 

 

 

11月、陽岱鋼はFA宣言し、新しい環境で戦うことを志した。

「プロで11年間、お世話になった北海道のファンの皆さん、球団、裏方さん、チームメート。感謝の思いしかない」

「自分が球団構想に入ってないと感じたけど、球団も僕のために考えてくれた。(育成)システムも予算も分かってる」

陽岱鋼、涙のFA宣言「戦力構想に入ってないと感じた」ーより

 

 

12月14日、正式に巨人への移籍が決定し、日本ハムを去る。

日本ハムを卒業し、独り立ちし行く陽岱鋼へ_。

 

日本一の正夢を、ありがとう。

野球の神様よ。この一人の野球人に、喝采のあらんことを。

 

 

 

 

 

コラムはこちら。

www.shingokataoka.com

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*1:3割・30本塁打・30盗塁を同じシーズンで達成すること