3月24日、僕は「新卒を捨ててブログ道を極めることにしました」とツイートした。その理由と方向性。


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はじめに

3月中旬、僕はこのツイートと共に、決断しました。

 

 「なぜそう思ったのか?」をまとめ、このメディアをどうしたいか書き綴りました。

 

 

 

僕はこの曲が大好きです。BGMにしたら壮大なドラマになりそうなので貼っておきます。ぜひ聞きながらご覧下さいませ。0:36あたりから有名なイントロになります。

youtu.be

「パリは燃えているか」(~5:00) NHK映像の世紀』BGM

 

 

 

ブログの方向性

ぼくはイケダハヤトのアシスタントをしている。そこに行き着くまでの経緯は別に記すが、僕には新卒で何かをしたいというものはなかった。いや、正しく言えば「執着していたことに気づいてしまった」瞬間に夢を失くしたと言った方が正しい。唯一進んだ一社の最終面接も心の中に違和感を抱えた、

(いま思えば「このままじゃ何者にもなれず、ただただ忙殺して終わってしまう…」という葛藤を抱えていた)

僕は最終面接を辞退し、就職活動を止めた。

 

僕は、最後には「先生でありたい」と思っている。かの中国・蜀の政治家たる諸葛亮(孔明)が親から「政治家になれなければ、医者か先生になりなさい」と言われたエピソード。小さな頃にいい先生に出会えたこと。この二つが大きなキッカケだ。

そのためには、色んな世界を見たい。考えていたい。だから、23歳でそのまま進むべき道ではないと割り切った。

 

(いまの道はいい判断だったと思える。「たかが1.3億人のうちの1人じゃないか。たとえ1人がブログニートやってようが、日本社会にとってはハナクソみたいなもんじゃないか」と考えたら異様に心が軽くなった)

 

 

しかし、経験を自分だけのモノにするにはあまりにも惜しい。僕の経験は必ず誰かに繋がってほしい。

「道産子が高知に移住したら」を通じて①【僕なりの価値観・世界観を伝える場】にすると共に、②【いっしょに考える場】にしたい。

 

自立する

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幸いにも、僕は貧困を経験しなかった。

母の不断の努力や貯金のおかげもあって、制約のあるなかでそれなりに楽しむための工夫ができたからだった。

逆に、不幸にも死ぬような、自分の知恵を、気力を総動員しないと生きていけない経験をしたことがない。「自給しないと」「働かないと」死ぬ

 

で きな けれ   ば 、 

     死  。 

  

心にこんな幻聴を聞くような、追い込まれた経験がないのだ。

 

確かに、困ったときに助けてくれた人がいた。おじいちゃん、伯父さんたち、寮の人etc……僕は果報者だ。

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僕は、母に言われた大嫌いな言葉「お公家さん」みたいな人間なのだろう。

「緊張感ないわね。そう、あんた誰かさんみたいよ_」

 

そうしたら、生きるためには、ただお金を稼ぐ手段を得ることが僕には大事なのか?

稼ぎたいのは確かだ。でもそれ一つだけしかない状況は怖すぎる。ひとつの事柄に殉ずるような働き方はしたくない。残る家族のためも使える時間がほしい。手段が欲しい。

 

自立することが高知に来た理由のひとつ。もっと具体的に言うならば、

  1. 場所を選ばずに稼ぐ。最大限自分のできる価値を提供する。
  2. できることを増やす。
  3. この”片岡氏”がどんな歴史を辿ったのか探る。

どれも自分にとって追い求めるテーマだと自覚している。

 

"なにを”伝えるか

「心に炎を燃やして、伝えられること」はこんな感じだ。

 

  1. 北海道のこと (旅行、名所、モノ)
  2. 高知のこと (同上。対話したことをありありと伝えたい)
  3. 素晴らしいひとの言葉 ("ダイアレクト=ハック"とでも言おうか)
  4. 違和感を感じたモノゴトについて考え、述べること

 

 

"誰に”伝えるか

興味あれば一緒に歩もう。興味なければ読まなければいいよ。

星の数ほどあるブログなんだから。暇つぶしは下策だよ。

だけど、特にこんな人へのエールになってほしい。

 

【表現することを恐れている (いた) 人】

…”加害妄想(なにか意思表示することすらためらってしまう状態)”に僕はかつてなっていた。

「…したら~されるんじゃないか」どころでなく「表現するな。自分は害悪なんだから」と思い込む状態だった。とにかくこころは寂しかった。消えたい。

環境が変わることで脱することができたが、今も自分を”非リア”だと感じることが時々ある。人に甘えられないことも弊害かもしんない。

だから、誰かの勇気になって、その人々とも共に歩めたら僕も嬉しいです。

 

【敬愛する人(たち)

ぼくはたまらなくその人が好きだ。ある人は昨日会ったかのように気持ちが高揚する。ある人は年に一回帰ってくる。ある人はいつも気にかけてくれる。

ぼくが生きていることの証明のために。自身を持ってその人たちに伝えるために。

 

まとめ

よりよく表現するためのデザインも、表現するための言葉も、生きるための術についても雑食であり続ける。誰かの力になると信じて、一歩一歩踏み込んでいく。その旗印を掲げて僕は歩み続けます。

そして、一人一人が善く生きられますようにお祈りしています。

 

追伸

昨日の、あのビールとご飯、美味しかったなぁ。

 

https://www.instagram.com/p/BEUQKosHC9f/

#好きな場所を挙げていけ秋田藩主、佐竹家の菩提寺。#天徳寺叔父の愛するこの場が好きになりました。#秋田#お寺#菩提寺

人生は、続く…。

 

 

片岡 慎悟